吉宮気功体操協會トップページ気功コラム集打越 浩平
今、気になる症状
自分への挑戦・練功の音楽を作って


ーRENKO FORUM創刊号のインタビューから抜粋ー

 練功の音楽を依頼された時は、始めてのジャンルで、30分のインストゥルメンタルということで難しいし、びっくりしました。吉宮さんからお話を伺っていると、大変な音楽なようで、「ちょっと僕には荷が重いかもしれない」と言ったら、「いや。できますよ」と。それと、吉宮さんに感じるモノがありましたね。 

 印象として、優しそうな方だと思ったけど、それだけではなく、信用とか信頼できる感じがしたんです。芸能界には怪しげな人もいるんで、僕の警戒心をなくさせてくれ、挑戦してみてみようという気持ちになり、頑張って作りました。
音楽作りで一番苦労した点は、僕の音楽と、体操が求めるところの兼ね合いが難しかったですね。例えば、僕のイメージと一緒に、筋肉が伸びなければいけないとか、動けなければいけないとか、初心者にも分かり易くとか。
それ以前は「気」がどういうものか知らなかったんです。吉宮さんの本を読んだり、「気」についてのレクチャーを受けたりして、基礎知識を身につけてから、作曲に入りました。問題を解決して行くごとに、音楽が目的に近づいて来る。それを感じるのが気持良くて、終盤にはのめり込んでました。

 上京したての頃は、コンピュータ音楽が嫌いで、心が入っていないコンピュータになんて、良い音楽が作れるわけがないよって思っていたんですよ。でもやっていくうちに段々分かってきたんですけど、人間の演奏とコンピュータ演奏の、互いの得手不得手を補い合って、得手を増やして行けば心が入ってゆくんだと。

 それが吉宮さんと二人で作っていくうちに、ますます深くわかってきたんです。 例えば、音が、筋肉を伸ばしたり、意識を身体のどこに持って行くかを手伝うことができるとか。ロックなんかやって不健康な生活を送ってきて、音楽は不健康なものだという既成概念がありましたから、吉宮さんの「音楽は健康に役立つ」という考えに、目からウロコが落ちました。

 今回の作曲を通して、感じたことは、「自然体」っていうことだと思います。今までの僕の発想で、“格好良く作ろう”とか“聞かせよう”とかしたところは、吉宮さんにはすぐに分かって、「そこが何か気持ち悪いんです」とか「そこが胸にツンと来るんです」とかいう言い方で指摘されて、びっくりしました。多分音楽的なことは分かっていらっしゃらないと思うんですけれど。 僕の心に自然に出てくるメロディーや意識しない部分は「身体も伸びるし、心も癒される」って言うんです。
 それと「間」の絶妙さですね、伸ばす感じとか、息を抜く間とか、吉宮さんの練功の動きに、自然の鼓動がリズムになっていて、それが音楽になれば良いなと考えたんです。

 音楽を通して、これからも、大きな意味での「優しさ」が表現できればいいですね。ヒステリックなロックなんかやったんですけど、思うように伝えられなくて、、、。今は、僕が「僕として自然体で」音楽を作って、表現できればいいと思う。「自然体」の基盤になっている「自分という素材」をどう発展させて行くか。それを、皆さんは練功という体操を通して、学んでいるのだし、僕はこの音楽を作ることで、少しだけ学んだ。

 僕の音作りのベースには、蕩々と流れる悲しみの川があって、年と共に広くなっているんじゃないかな。人それぞれ川の風景は違うけれど、それが人間の感性のベースになっていて、悲しみの深い人ほど、幸せを感じる能力が培われていると思う。ひとつ幸せが訪れたときに、それを逃さずにキャッチできると。最近は、これを作りたいと思ったら、それを作ればいい。こういう風に生きたいと思ったら、そういう風に生きればいい、そう思うんです。

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